2018/06/17

神伝禊法

霊魂学に出会うまで、私は仏教の世界で滝行をしていました。
不動明王と八大龍王に、自分の因縁が少しでも減るように祈願してお滝をいただいていました。
今振り返ってみると、霊的には間違っていたかもしれないのですが、その時は真剣に真面目に修行をしていました。
でもやっているうちに、だんだんと心の中で、本当の禊を学んでみたいと強く思うようになりました。

ある時なぜか急に仏教に足が向かなくなり、それでも、修行をすることは人生に必要なことと思っていましたし、何より修行をすることが好きだったので、神道の世界で禊を教えてくれるところを探してみることにしました。
でもなかなか見つからず、あっても物理的に遠い所しかなく、行ったところでどうなるのか、結局参加するだけであとが続かないんじゃないかと迷ったりしていました。
それでも、何となく神道の世界の勉強をしてみたいと思っていたところで、霊魂学のホームページに出会いました。
ホームページの中の「霊をさぐる」の『霊的トレーニング』を読んだ時、

霊的トレーニングって何?
何か修行するみたいだけど、禊って書いてある!
禊は水を被るだけでなく、火(現在は光)の禊、風の禊、霊の禊、神の禊があるって書いてあるけど、水以外の禊ってどうやって行うのだろう?

そして、契山館に入会して修行会員となり、神伝禊法の研修合宿に参加させていただくようになりました。

水の禊の初伝合宿では、もしかしてこれがずっと憧れていた本当の禊なのかもしれないと感動し、
光の禊の次伝合宿では、水以外の禊を初めて習うことができたことに感動し、
風の禊の中伝合宿では、神伝禊法に出会えたことにしみじみ感動し、
霊の禊の奥伝合宿では、もしかしてこれはすごい行法かもしれないと思って感動しました。

神伝禊法の研修合宿に参加できたことは、私にとって本当に大きな喜びでした。

では、何のために神伝禊法を行うのか。
それが、この本の「第1章 神伝の禊法」の『四、神伝の法』のところに書かれています。

禊の持つ二つの大きな力について、
「まずは、過去世の意識に変化をもたらすという事の結果、この世を生きる上での不幸をより小さくできるという面がある。」
「もう一つは、高貴な霊的存在との交流である。」

そして、
「神伝禊法、神伝鎮魂法は、共に、幽体から出るオーラの成長をももたらす秘技なのである。
水波霊魂学では、こうした神霊のご意思の元にもたらされた神秘の秘技を『神伝の法』と呼んでいる。」

私が宗教を求めたのは、心の苦しみを解消して、人生をよりよく生きたかったからでした。
これまで長く宗教遍歴をしてきて一番よかったと思うことは、霊魂学に出会い、神伝の法を学ぶことができたことでした。
神伝の法が、私の願いを叶えてくれました。

今は、毎日少しずつですが、神伝禊法を行っています。
特に奥伝の行法を行うと、何か力をいただいたように感じ、この行法に出会えたことにいつも感謝の気持ちが湧いてきます。

一人でも多くの方がこの本に出会い、神伝禊法を求め、学んでほしいと思います。
神伝禊法6tfd
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紙の本はこちら!
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投稿者 こすず
2018/06/16

ねこ

3000のキリ番をゲットしました!
3000sdfl
この文章だけの記事はさみしく思いますので、画像にあるねこの本のことを。

ねこが好きな方もキライな方もどうでも良い方も
発売中の書籍の中では読みやすい本だと思います。
この本ではねこだけではなく人の死後の活動も知る事ができます。
お子さんでも読みやすいのではないかと個人的に思います。

ネコの死後はどうなるの?
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匿名
2018/06/14

『神伝鎮魂法-幽体の救い-』-水波霊魂学のすすめ-

「鎮魂」という名で呼ばれる行法は、従来は、座禅や瞑想のような精神集中、精神統一の意味だと理解されていたり、死者の霊魂に対する慰めを目的とする行為を鎮魂としたり、霊魂の操作法、健康術、そして、種々の呪術などを鎮魂と呼ぶなど、おおよそ統一的な内容を持たないものでした。

さて、本書の「神伝鎮魂法」は、どうでしょうか? 上記のような捉えどころのない古めかしい行法の復活なのでしょうか? そうでないとしたら、本書で言う「神伝鎮魂法」とは一体どういうものなのでしょうか?

水波師は、「私の言う神伝鎮魂法は、現代人の為に改良した修行法なので、それら(従来の鎮魂)とは、目的も作法も異なっている。よって、同じ名前は使っていても、実質的には別のものであると言える。」と述べておられます。

というのも、時代は大きく変わり、従来の修行法が通用しなくなったからだそうです。人は神や
霊魂を信じなくなり、我々の周囲には低い幽気(霊的に汚れた気)が溢れ、少し移動するだけで、どこかで低い幽気に接触してしまう、現代はこのような時代であり、このような大変な時代にふさわしい、つまり、低い幽気や邪悪な霊魂への対処を前提とした、新しい修行法が是非とも必要になったのだそうです。

よって、「神伝鎮魂法」とは、まず、現代のような競争社会、ストレス社会において、必然的に飛び交う攻撃的な他者の想念により、幽体(死後の使用する霊的な身体)が傷つかないように幽体を成長、強化させる行法であると述べておられます。

さらに、それはとりもなおさず、死後の救いをもたらす、つまり、死後、幽体の損傷や不調のために辛く苦しい世界へ落ちてしまう危険性をなくすための、とても大切な行法でもあるとのことです。

もっとも、「神伝鎮魂法」は、幽体を強化するだけの技法ではなく、はるかに高貴な技法であると言われています。初伝では、まず、幽体の強化や成長を目的としていますが、次伝になると、「霊体」という、幽体とは異なるより高貴な霊的身体の成長を目的としており、さらに上位の研修を含めると、全部で5段階の研修プログラムがあるということです。

ところで、「神伝鎮魂法」の「神伝」とは何かについて、水波師は、「神霊からの伝法である。少なくとも、神霊の御意志を受けて、高貴な霊魂方が作成に加わられた技法でないと、神伝とは言えない。」よって、「私一人で神伝の法の次第など作成できない。学者の方がどのようにおっしゃるのかは知らないが、私にとっては、(何よりも大切なのは)神霊とその部下の高級霊魂なのである。よって、その方々がおっしゃるとおりに、神伝の法を指導する。」と述べておられます。

どうも、神伝の法の次第、作法の意味の分かりにくさは、神霊の意図を受けて、それを指導する高級霊魂の側の視点によって作成されているからのようです。よって、高級霊魂の関与があってこその修行法であり、とても物理次元の常識では捉えることができないもののようです。

このほか、本書では、「神伝鎮魂法」にかかわる様々な説明がなされていますが、詳しい次第などは記されてはいません。なぜなら、たとえ、次第を書いたとして、読者がそれを独習しても、全く成果が出ないからだそうです。現代のような霊的環境が劣悪な時代は、まず、神伝の法を指導する人たちが、高級な霊的空間を作るための儀式を行い、その高級な霊的空間に入ることが何よりも大切であり、それがあって初めて、神伝は力を発揮することができるのだそうです。

ただ、そうなると、信仰を嫌い、束縛を嫌がるという現代の風潮の中、「神伝鎮魂法」は、このトレーニングを行おうとする者に単なる技法の習得を越えた「信仰心」のようなものを求めることになります。

すると、それが多くの人々に受け入れてもらうためには、大きな妨げになるのではないかという疑問が呈されるかもしれません。

これに対して、水波師は、ここでいう「信仰」とは、伝統宗教のように特定の教義や戒律を守ることではなく、実際に存在している高級霊魂の力をお借りするのであるから、その際に礼儀を忘れない、ただ、それだけのことであり、人間として当たり前のことでしかなく、それは、信仰というよりも、霊的な現実を素直に受け入れる、ただそれだけであり、生き方は個々の自由、一人一人が自分で考えればいいことであると、おっしゃっています。

最後に、水波師は、以上のことから、「別の主張に傾倒している人や、態度が悪い人、不真面目な人を除けば、誰でも参加できるのが神伝の法なのである。(もちろん、国籍や民族は無関係である。)」「神伝鎮魂法は、未来の人類の為にも、最善の霊的トレーニングだ」と述べておられます。

なお、私は、この書を読んで、目からウロコの言葉どおり、大いに触発され、旧来の多様で捉えどころのない「鎮魂」という行法の迷宮から抜け出し、真の鎮魂法、「神伝鎮魂法」の深い意義を学ぶことができました。多くの方に読んでいただけることを願ってやみません。
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風と岩
2018/06/09

『神伝禊法』-水波霊魂学のすすめ1-

本書を読んで、まず、思うことは、神伝禊法とは、非常に古い歴史をもっているにもかかわらず最も新しい、そして現代人にこそ必要な霊的トレーニング法ではないかということです。

形としては、ずいぶん前に出た水波師の最初の商業出版書である「神伝禊法入門」の改訂版だということですが、ほぼ全面的に書き換えられており、旧版の面影は全くといっていいほどありません。

改訂版の出版理由について、水波師は、「自分の本を読んでみると、時代があまりにも変わってしまったことにびっくりしている。当時は当たり前であった事も、今ではまるで違っている。例えば、当時、不道徳な霊魂に干渉されている人も確かにいたが、今ほどの人数ではなかった。当時と今とではまるで霊的な事情が違うのである。」「また、当時の私はまだ霊媒としての技術が今よりも未熟であった。その為に、今から見ると、随分と力が弱かった。そのようなレベルで書いた本では、これからの時代を生きる皆さんにはお勧めできない。」「現時点での最善の書として、『神伝禊法入門』を改訂するものである。」と述べておられます。

さて、「禊法」というと、一般的には、川面凡児氏が創始し、今でも神社神道などで行っているところの海や川に入って行う行法をイメージしますが、本書でいう神伝禊法はそれとは全く違うのです。

水に入るのは、初歩の段階であり、神伝禊法は水に入らないで行う上級の禊法までを体系づけた高度な禊法であると述べられています。

また、山に入って何年も下りてこないというような古来の修行法は、多忙な現代人に向いていないが、この神伝禊法は日本で新しく現代人のために生まれた技法であるとも述べておられます。

そして、地震が心配され、津波が心配される日本では、いつ、壊滅的な災害が起こるとも限らないし、人は誰しも、いつ死ぬか分からないという、そういう時代だからこそ、特別な霊的修行法が必要になったのであり、真に高貴な霊的存在から、人類のために降ろされた神秘の技法、それこそが神伝禊法なのであると宣言されているのです。

ところで、水に入ったりかぶったりすることだけが禊でないとすると、ほかにどのような形態があるのでしょうか?

本書では、5段階の禊があるとされます。つまり、水の禊の次に光の禊、そして、風の禊を経て、霊の禊、最後に、神の禊へと進む体系になっていますが、それぞれの深い意義については、本書を読んでいただきたいと思います。

なお、水の禊について、旧版では、詳細な次第が記されていたのですが、本書では、割愛されています。それは、著者によると、次第というものがたえず改善され、変わってゆくためであるとされています。よって、今後の変化に対応するために、次第の実際を書かず、禊法の本質を表現することにしたと述べておられます。

神伝禊法等の霊的トレーニングを行おうとする者の心得についても記されています。

別に厳しい戒律や難しい遵守事項があるわけではありません。男女を問わず、中学生以上であれば誰でも可能なものあり、とにかく、一般的な社会の常識をわきまえて行えということなのですが、やはり、単独ではなく良き指導者について行うことは当然として、霊的トレーニング特有の遵守事項があるということです。

それでは、そもそも、神伝禊法とは一体何のために行うのかということになりますが、水波氏は、次のように述べておられます。

「まず、死後に上の世界に入る為のパスポートという面がある。」

「次には、霊的な生命体としての進歩を促進するという面がある。」

「しかし、禊はそれだけではないのである。さらに大きな力を持っていたのである。それには、二つあった。まずは、過去世の意識に変化をもたらすという事の結果、この世を生きる上での 不幸をより小さくできるという面がある。もう一つは、高貴な存在との交流である。神伝禊法の最大の魅力はここにある。」

最後に、<人は、霊的な生命体であり、霊的生命体としての人間の人生は死後も延々続いてゆく。霊的世界の真実は、あまりにも深く、あまりにも神秘的であり、人という霊的生命体は神秘に満ちている。たった一つ言えることは、これまでこの世の人々は何も知らなかったということである。神霊による霊的トレーニングはどこまで行っても先が見えない。それは、霊的生命体として永遠に続く人間の道だからであろう>と述べてのち、
<禊法は、人類にとってどうしても必要な修行法である。しかし、そんな禊には敵がいる。それは、人類である。人類が敵になってしまうと、さすがに禊も生き続けられなくなってしまう。これからも、こうした状況がすぐに変わらないのだとしたら、せめて、読者には禊の真意を理解してほしい。それが、これからの子供達のためなのである>と訴えて結んでおられます。

私達は、近代以降の科学文明によって物質的な繁栄を享受してきましたが、反面、様々な矛盾が蓄積し、それが極限まで達してしまったようです。すべてが汚濁にまみれてしまったように思える今日、再び、巨大地震、津波、火山噴火、巨大事故等々の「禊」を待っているかのようですが、そのような時代だからこそ、各人がそれを自ら乗り越えるために、神伝禊法というものが世に出ることになったのではないでしょうか?

先月には、『神伝禊法』のキンドル版が発売され、読みやすくなりました。是非、多くの方に読んでいただいたいと思います。

風と岩
2018/06/02

龍-霊魂の世界から舞い降りた霊力

霊魂学に出会うまで、私は、龍に憧れ龍を求める多くの人々に出会ってきました。
霊感があるという人、真言宗の僧侶やそこに集まる信者さんたち、修験道の行者、単独で神を求めると言う人。。

なぜ人は龍に惹かれるのだろう?
龍ってどういう存在なんだろう?
霊感のない私には龍は遠い存在なんだろうか?

ある時、ある大きなお寺が主催する龍画展に行ったことがありました。
その龍画を見ていて、

なぜ富士山と龍なんだろう?
なぜ龍は不動明王や観世音菩薩と一緒に描かれているのだろう?
龍はどうして手に如意宝珠を持って描かれるのだろう?
如意宝珠って何だろう?
如意宝珠はどうやったら手に入れることができるのだろう?

と、そんなことを考えたりしました。

私も他の人たちと同じ様に龍に惹かれていて、その時いつか龍の本当のことが知りたいと思いました。

そして、霊魂学に出会い、この本に出会うことができました。
この本は、龍と人間との深い関係、龍の人間に対する深い愛、人間を救うために活動する龍のことが書かれていて、そのお話のどれもが心を打つ内容でした。
特に、『第3章-5龍の力』のある宗教者と龍のお話を読んで、自分が穢れても宗教者を救いたいという白い龍の深い思いにとても感動しました。

この本を読んでから、もしかしたら、あの龍画は信仰の世界を表現したものかもしれない、もしかしたら、龍は目には見えないけれど、真の信仰を求める時に感じることができる存在なのかもしれない、と思うようになりました。

多くの方々に、この龍の真実が書かれた珠玉の本に出会ってほしいと思います。
龍小
投稿者 こすず